決してあきらめない障害者の作り方

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出生時、「3,4日の命」と言われた私がすでに40代。
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日々の日常 障害と私

過去最大のピンチ、四肢障害の私が右腕骨折!骨折奮闘日記⑨ついに手術

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奉子です。私の骨折奮闘日記9回目はいよいよ33年ぶりの全身麻酔手術のお話です。

手術前には色々な説明を受けました。そうかリスクもあるんだね

ドクターの説明

手術の2日前の土曜日、主治医の先生から今回手術を行う箇所の説明や、治療計画、手術を行ったときに起こるかも知れないリスク等の説明、同意書の記入がありました。

 

私の今回の手術では出血は基本ほとんどないものの、万が一何かが起こったときに輸血を行う場合に備え、輸血へのリスクや同意書の記入もありました。

 

今回の私の手術は骨折自体は単純骨折だけれども、神経の近くを通っているため、神経を一度避けて手術する必要があり、万が一神経を触ってしまった場合は、今ちゃんと動いている指が動かなくなる可能性もあるということ

 

私の手術が局所麻酔ではなく、全身麻酔なのは骨折箇所が「神経の近くで難しい」という理由だそうです。

手術には細菌が入らないように万全の注意を払って行うが、もし傷口が上手くくっつかなかったり、細菌が入ってしまうと、別の治療が必要で入院も延びてしまう可能性があるということ。

 

このときの私は、「私のパワーで最短で治して退院する」ということしか頭にはありませんでした。

やってきた手術当日。え?それがやってきますか((>_<))

生理用品と鎮痛剤

手術前日の夕食は前回記事にもあるようにまあ美味しかったのです。

しかし前日、よりにもよってということが起こりました。

 

女性が月に1回やってくる「月経(生理)」がやってきてしまったのです((>_<))

 

入院や手術の日が決まった時点で嫌な予感はしていました。

「ひっかかったら嫌だし少し早めに来ないかな」そう思っていました。

しかし、むなしく手術の前日にその方はやってきたのでした(泣)

 

手術は全身麻酔のため、上下の下着も全部脱いで手術着に着替え、T字帯と腹帯を装着し、術後はトイレにも行けないので、尿道カテーテルが入るのです。

 

前日のうちに看護師さんに相談し、とりあえず通常の下着を着けたまま手術室には行き、その後は様子を見て看護師さんが対応するということだったのですが、

「私、なんでこんなタイミング悪いん?!」と軽く落ち込みましたが、後で看護師さんに聞くと「そういう人多いよ」と言われ、どうやら自分だけではないようで勝手に納得。

 

実は生理といえば、私には他には問題がありまして。。。

 

毎月、生理痛の痛みが強く、事前に薬飲み損なったら、貧血でぶっ倒れています。

しかし、手術当日は絶飲食。薬は飲めません。

 

いや、待てよ。今日って全身麻酔だよね。ってことは強制的に寝ているわけだから、生理痛で貧血起こしてぶっ倒れることはないはず。

 

手術するにも痛み止めの鎮痛剤入っているだろうから、うん。まあ大丈夫だろう。

 

というさすが私の超楽観的な考え方で、33年ぶりの全身麻酔手術の日に生理にぶつかるという超レア体験を乗り切ることにしたのです。

手術準備。え?あの痛い麻酔の注射しなくていいんだ!

手術

私は子どもの時、2回全身麻酔の手術をしたことがあるのですが、そのときは手なり、お尻なりにめっちゃ痛い事前麻酔の注射をされて、大泣きしたのを覚えています。

 

しかし、今回全身麻酔をしたのですが、やったのは点滴のみ。

たぶん、点滴してる状態で、手術室で麻酔を追加して、あとはあの臭いマスクかけられて終わりだったんだと思われます。

 

それがわかった感動のInstagramはこちら

点滴自体は看護師さんが上手くやってくださり大して痛くなかったです。

痛みに強い私でも、麻酔の注射は本当に痛いので、できれば避けたかったのです。

これだけでも少し気が楽になりました。

数時間後、手術が終わりオペ室を出るときに目が覚める。誰?私の右手に重り付けた人!

おもり

数時間後、手術が無事に終わり、麻酔が切れ、目が覚めたのは手術室を出る瞬間。

先生の「手術終わりましたよ」の声でした。

そのまま、病室に戻ると夫や母が待っていました。

 

痛みももちろんあったのですが、痛みより最初に感じたのは

「右腕が重い。動かない。誰?私にめっちゃ重いおもりつけたのは!」でした。

 

さらに、酸素マスクは付けられてるし、足先には血栓を防ぐための機械が装着され、血圧はかる機械のようにずっと足を締め付けたり、緩めたりを繰り返していました。

 

右手は重く、しびれて指先がなんとか動く程度でもちろん痛い。

「酸素マスクはうっとうしいし、足の機械はもっと気になるし、早く外してほしい」と看護師さんに訴える。

「酸素マスクはもうちょっとで外せるけど、足の機械は明日の朝までは絶対外せないから」と言われてしまう。

 

私は自分で意識できる年齢で初めて酸素マスクを装着されたが、あれ、ある方が苦しかったのです。

うちの父が入院してたとき酸素マスクを装着されていたのですが、いつも嫌がって「取ってくれ」と言っていた意味がようやく分かった気がします。

 

その後、酸素マスクはわりと早めに外してもらえたのですが、血栓の機械が明日の朝までが本当にキツかった。

 

その後、主治医の先生が術後のレントゲン写真を持参され「上手くいきました」とおっしゃるも「痛み止め薬には入ってるし我慢してね」と去って行く。

私の中で痛みよりしびれと重みの方が苦痛だったので、耐えていた。

 

しかし、夜中にさすがに眠れない。そして、そろそろ喉も渇いて水も飲みたい。。。

 

眠れない理由は簡単です。

生理痛と手術の痛みと手のしびれが完全にミックスされ、全身がたる重い状態だったからです。

さらに、血栓の機械まで付いている。

 

手術当日はずっと一晩中点滴があるので、数時間に一度看護師さんがいらっしゃったので、私の胃腸が動いて、水を飲んでOKかどうかもきちんとチェックされていました。

 

身体を起こす角度も決まっており、胃腸が順調に動いた私は水分がOKになり、その後夜中にさすがに鎮痛剤を1錠いただきました。

 

術後すぐの鎮痛剤は座薬のみだそうですが、私はそこをなんとかスルーとして耐え、水が飲めるようになってから初めて薬で服用し、30分後ずいぶん楽になったのを覚えています。

 

手術の痛みは想定内で耐えられたのですが、それでも決して楽ではなかった手術当日でした。

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