決してあきらめない障害者の作り方

Vielife


出生時、「3,4日の命」と言われた私がすでに40代。
「人生あきらめなければ何でもできる」を
全ての人々に証明したい。
そんな私の生命エネルギーが燃焼する瞬間を語ります。

日々の日常 障害と私

利き腕骨折退院後、最初にできた私の喜びとは?

投稿日:

奉子です。骨折し抜歯した当日に退院後、なんと翌日の午後から会社に出勤するという恐ろしいことを行っていた私です。

今回は、足がフラフラで歩くのすらおぼつかない私でも感じられた、退院したら最初にできるようになったことのお話です。

定時出勤は無理。ラッシュをずらして会社に行こう

駅の人混み

退院後の翌日はたまたま夫が休みだったため、午後から出社でも送り迎えをしてもらえましたが、夫にも仕事があります。

その翌日の正式会社復帰日からは、ひとりで通勤することにしました。

 

入院前は、着替えも靴を履くことも、ひとりではできませんでしたが、入院中に、時間がかかってもなんとかそこはクリアできていました。

まだ床から立ち上げるのにも難があったため、リビングの椅子を玄関に置くという違和感極まりないことをし、そこに座って靴を履いて出かけることにしました。

 

しかし、たとえ外に出られたとしても、杖を上手く使えず、本当に目印のダミーとしてしか持つこともできない、足がフラフラの私には難がありました。

人が全く避けられない。ぶつかられたら転んでしまい、ひとりで立ち上がることができない。

外の道がメッチャ怖い。。。。!! のです。

 

しかし、仕事が私を待っています。行くしかないのです。

方法としては、人が朝の通勤時間をずらし、「中高生の通学時間高速の自転車が並列で突進してくる、最も危険な家から駅までの歩道」が安全になってから自宅を出発するという選択肢しかありませんでした。

 

この頃は玄関から靴を履いて、荷物を最小限にし、家の外に出るまでで10分弱分必要でした。

ゆっくりゆっくり身体全身の硬直に耐えながら、「転びませんように」と祈りながら、付けない杖を左手に抱えて持ち、「お願いだから皆さん私を避けてほしい」と思いながら、駅まで歩いて行きました。

 

骨折前はひとりで靴を履けなかった私が、たとえ時間がかかろうとも、小さな歩みでも前にひとりで進んでいます。

足がフラフラの私でも乗れた最寄り地下鉄。長堀鶴見緑地線

長堀鶴見緑地線乗車口

皆さんは、大阪地下鉄「長堀鶴見緑地線」に乗車されたことはあるでしょうか?

京セラドーム大阪の最寄り駅なので、ライブに行くときに乗ったことがある方はいらっしゃると思います。

鶴見緑地線は1990年の花と緑の万国博覧会が開催される際に作られた路線で、その後延伸され、現在は長堀鶴見緑地線となっています。

 

私はその長堀鶴見緑地線沿線に今の自宅があります。

そして、とても運が良いことに職場もこの長堀鶴見緑地線1本で行ける駅が最寄りです。

 

上記の写真は私が駅のホームで電車の乗車口を撮影したものです。

みなさん、このバリアフリー度みてください。

本当に段差がほぼないです。

 

実はもともと段差が少ない路線だったところに、3年ほど前にホームドアが設置され、段差がさらになくなるという素晴らしい路線です。

車椅子の友人が駅員さんにスロープを依頼しなくとも、「ひとりで安全確実に乗れる」と絶賛している路線でもあります。

 

そう、私が足がフラフラの状態でなぜ通勤できたのか?

それはこの路線だけで会社に行けたからです。

まだ私は、右手の痛みでつり革が持てる状態でも、そして、足もフラフラで支えられないため、20分動く電車で立つことも不可能でした。

しかし、ラッシュ時間帯を少しずらしたため、自宅最寄り駅から、立たずに座っていくことができました。

 

会社の最寄り駅は、御堂筋線も通っています。

御堂筋線は人が多すぎる+大阪でも最も殺気立っている地下鉄なので、私がもし、御堂筋線で通勤していた場合は、会社にひとりで出勤不可能だったと思います。(苦笑)

 

長堀鶴見緑地線はエスカレーターも安全だった

エスカレーター

入院前は腕に激痛が走ったため、たとえ上りであっても、速度がゆっくりでも、エスカレーターに乗り、レールを持つことも不可能でした。

そのため、入院前は階段やエレベーターを探して動いていました。

動くことがつらかったので、探すのもつらかったのです。

「エスカレーターに乗れない」というのはかなりダメージが大きかったです。

 

ひとりで通勤となると、動くのがつらいので、やはり一番歩く距離が少なく、安全なルートを考えます。

そうすると、遠回りのエレベーターより、やはりエスカレーターに乗りたかったのです。

エスカレーターは速さが色々あり、水平部分が少ないものはかなりタイミングを合わせて乗るのが難しく、私も心配しました。

 

長堀鶴見緑地線のエスカレーターはここも違ったのです。

上りも下りも、最初に水平部分が3つぐらい存在してから段が変化したのです。

初回は緊張しましたが、会社に向かうときは上り、家に帰るときは下りのエスカレーターに右手で乗れるかやってみたのです。

 

ふ、普通に乗れた!!やったー!!

 

元々の障害で左手は身体の支えができず、不安定なため、転倒の可能性も含め、左手で乗ることはできません。

この入院前は右手でさえ乗れず涙したエスカレーターに乗れたということは、私にとって日常生活の第一歩でした。

階段も、上り限定ですが、月曜日に退院して、金曜日には上りの階段も右手で手すりをつかみ、上れることがわかりました。

 

自宅と職場が長堀鶴見緑地線沿線で本当によかったと心から思います。

私のできるようになったこと第一歩はここでしたが、この「自宅最寄り駅と会社最寄り駅の間だけはひとりで行くことができる」という自信になりました。

そして、そのことは1日の最も多く過ごす、会社にちゃんとまた通うことができるという喜びと安心感をまたここから実感できたのでした。

 

-日々の日常, 障害と私

Copyright© Vielife , 2019 All Rights Reserved.