決してあきらめない障害者の作り方

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出生時、「3,4日の命」と言われた私がすでに40代。
「人生あきらめなければ何でもできる」を
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そんな私の生命エネルギーが燃焼する瞬間を語ります。

日々の日常 障害と私

骨折し、全く動けなくなった私。支えてくれた夫の苦悩とは?

投稿日:2018年1月28日 更新日:

夫婦

奉子です。私が自分の不注意からしてしまった昨年11月の骨折に伴い、元々四肢障害がある私が利き手骨折を骨折するということはどういうことなのか、そして、そこから少しずつ這い上がる骨折奮闘日記を、ケガ当日から退院日まで24回に渡り記載してきました。

 

退院後から今日も含めまだ絶賛リハビリ中ですが、ケガから入院していた頃とは気付きや思いも全く違うため、タイトルも変更して引き続きお話ししていこうと思います。

今回は、この私の骨折に伴う家族の苦悩を語っていきたいと思います。

たったひとりの家族がある日全く動けなくなった。そのとき夫は

 

不安

今回の私の骨折に伴い、当初の診断がヒビだったため、私は家で生活しながら日にち薬で温存しようと考えていました。

しかし、家事はおろか、自分で着替えもできず、靴も履けず、外出して単独で歩くこともできない私が、仕事が休めないとなると、夫が会社に私を送るという結論しかないわけです。

 

1日12時間半労働、日勤と夜勤の2交代制で働く夫。

私のケガの直後はたまたま休みor 月曜日が夜勤明けだったため、私は会社に「夫に連れてきてもらわなければ、ひとりで着替えも出勤もできない」と断り、昼前に出勤して夕方帰宅するという生活を行いました。

 

それだけではなく、食事も自分では作るどころか食べるのもスプーンがやっとの状態だったので、夫は3食の食事を用意し、入浴もひとりでできなかったので、夫が夜勤の日以外は私を入浴全介助状態で入れてくれました。

 

ヒビのはずが数日経っても痛みが減る様子も全くなく、私も夫も「いつまでこの生活を続けるのか」という不安しかありませんでした。

終わりがあるとはいえ、約1週間の家族の介護生活は夫の心を蝕み「私を捨てたい」と思わせました。

再検査したら骨折。入院すれば夫の負担もきっと減るし、私も早く元気になれる

病院待合室

再検査の結果、実際はバッチリ骨折しており、「リスクはあるが、手術した方が早く良くなる可能性が高い」という医師の判断もあり、お互いが楽になるならという意味も込めて入院を決断しました。

しかし、夫に後になって聞いてみると、決して楽になったわけではなかったのです。

 

私の見舞いの時は、私の洗濯物を回収or 洗濯して洗い上がったものを持ってくる

さらに私が術後1週間経って、シャワー浴が解禁になったときは「私の風呂介助」というさらなるミッションがあるわけです。

私の病院への見舞いを日勤の日(勤務時間AM8:00-PM8:30)を除き。夜勤前も夜勤明けも、そして仕事が休みの日も含め、毎日来ていました。

(ちなみに私の夫の夜勤の場合の勤務時間はPM8:00-AM8:30)です。)

 

 

という生活を毎日していたので、「日勤・夜勤・夜勤」or「夜勤2連続」のときに洗濯をし、私の見舞いに行き、仕事に行くという生活は本当に体力的にもキツかったと申しておりました。

家に全介助状態の私がいるということもキツかったけれど、毎日病院に通うのも同じぐらいキツかったということでした。

 

そんな中でも、私が夫の愛を感じた入院中のInstagramをひとつご紹介

ちなみにこの商品はこちらです。

夫の愛も暖かいですが、本当に本当にこの商品はすごいです。

 

 

そして家に帰っても家は真っ暗。明るい性格の私が家にいない。寂しい。

さらに、病院から「私の容態が急変した」と連絡があったらどうしようと不要な不安も襲ってくるそうです。

捨てたいと思った気持ちと同時に、早く元気になって帰ってきてほしいという気持ちと両方が入り交じっていたそうです。

退院してきてよかった。でもいつ腕が元通りになるわからないって。。。

リハビリイメージ

無事に退院してきた私ですが、本当に退院したときは右腕も固まったままで、いつになったら元通りの生活が送れるか、リハビリ次第といわれていました。

その話を夫にしたときも、夫は「私を捨てたくなった」と申しておりました。

 

介護とはどんなに愛している人でもそう思わせるものなのです。

 

自分の服は自分で着られても、退院してすぐはまだ入浴介助が必要でした。

家事どころか食事もやっと右手でスプーンで食べられる程度だったので、「夫が家事の全てをやる生活」の終了時期は見えませんでした。

夫が感じた、妻が動けなくなった(介護生活)ときの必要な要素3つ

これは実際に夫が語ったことですが、私が全く動けなくなって必要だなあと思った要素の3つをお話しします。

①体力

当たり前ですが、12時間半労働をこなした上で、家事および私の介護をするには本当に体力がなければできないということを実感したそうです。

②精神力

私の場合は、ケガが良くなるまでの期限付きとわかっていても、「捨てたい」という思いがわき上がるのです。

これがもっと重症の寝たきりの家族の介護となると、よく聞く介護疲れによる無理心中とかそういうことを考えてしまう人の気持ちもわかるなあと申しておりました。

③不労所得

今回の私の入院に伴い、ブログで何回かお話ししていますが、大変臨時出費が多かったのです。

さらにいくら高額療養費制度を使ったといえども、医療保険に入っていたといえどもいったんはある程度のお金がないと立ちゆきません。

夫はたまたまブログで副収入があり、私が仕事を休んで収入が0だったとしても、今回の臨時出費をまかなえることができたのですが、介護が原因でフルタイムの仕事を辞めなければいけない場合もあるため、普段から副業等を少し考えて万が一の時に備える必要がある

 

と申しておりました。

最後に。今もなお私を支えてくれている夫へ

ありがとう

本日現在、退院して5週間ほど経ちました。

おかげさまで、自力で動けるようになり、ケガ前の6割ぐらい回復してきてるかなという実感です。

しかし、今はまだ家事をするところまでは至っていません。

今の私は、毎日「フルタイムの仕事+リハビリ通院」で結構な帰宅時間になってしまい、食事が作れても鍋が持てるようになったのがつい今週とかのレベルなため、家に帰って数品の食事を作るというのは、時間的、体力的にも少しハードルが高いのです。

 

そんな私に、「少しでも元気に栄養価の高いものを」「弁当にも困らないように」の想いが伝わるものが

手作りとスーパーのお惣菜を上手く組み合わせて、いつもたくさんのおかずが冷蔵庫に入っています。

 

夫はストレスが多い仕事のため、仕事から帰るとかなりイライラしているのがわかります。

 

1日でも早く、この家事100%を夫がやる生活から解放して、家に帰って、私が作った食事を食べくつろいでもらいたい。

休みの日も掃除や洗濯じゃなくて、自分の好きなことをしてほしい。

いつもイライラしてるんじゃなくて、もっと家でニコニコしていてほしい。

私は元々の障害もあるので、どうしても夫に手伝ってもらうことの方が多いです。

しかし夫はそれを承知で結婚しています。

夫はこれまで、私が寝たきりになってもなんとかなると思っていたそうです。

しかし、今回たった1週間といえども「家族が寝たきりになったらどうなるか」が疑似体験できたことで、「今の自分のままではもし本当にそうなったらダメだなあ」を実感できたと申していました。

 

今回、私も夫に負担をかけてしまったことの負い目が多く、夫に「ごめんなさい。迷惑かけて」を何回言ったかわかりません。

夫はその度に「そんなことが聞きたいんじゃない」と言いました。

 

ケガする前も昨年春以降、仕事の忙しさと体力の低下から食事以外の家事ができなくなっており、ケガの直前に夫に改善命令されていたところでした。

そんなところに今回のケガで、その事態が悪化したのです。

私が思う、家庭での私の役割

私が思う自分の取り柄は、この「性格の明るさ」と「持っているパワーの強さ」と、「転んでも絶対這い上がる精神力」です。

今の私は毎日とにかく、もっと動ける身体がほしくて、「右手リハビリ」「ジム」「鍼灸院通院」ととにかく身体にお金と時間をかけています。

 

身体が動けば心の余裕が生まれ、好きではない家事もやってみようと思えるはず。

好きではない家事ができるようになったら、さらに余裕が生まれて周りがもう少し見えるようになって、夫をもっといたわれるようになるかもしれない。

「夫が毎日帰ってホッとするような、家に早く帰りたいと思えるような家庭を作ること」

 

そのために、私は心も身体も今まで以上に元気になりたいのです。

今回のケガで落ちるところまで落ちたので、毎日プチチャレンジを実施し、自信を付けるように頑張っております。

 

 

うちの夫には、本当に今までもこれからもここまで支えてきてくれて本当にありがとう。という気持ちが強く、心から感謝しています。

 

まだまだ、自分自分の周りが見えない私ですが、皆様も引き続き、応援よろしくお願いいたします。

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