決してあきらめない障害者の作り方

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出生時、「3,4日の命」と言われた私がすでに40代。
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日々の日常 障害と私

過去最大のピンチ、四肢障害の私が右腕骨折!骨折奮闘日記⑰病院でのリハビリ開始

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奉子です。私の骨折奮闘日記17回目は、病院でのリハビリのお話です。

入院が決まった時、先生から「予定では手術翌日からリハビリがあり、順調にいけば術後2週間で退院です」と説明は受けていました。

いやー想像以上。こんなに腕が動かないなんて

悲しい

ケガしてからというもの、それはそれは痛いし、歩けないし、日常動作は全くできないしという感じで、ショックは大きかったのです。

しかし、手術をすれば、リハビリは頑張らないといけないだろうけど、2週間でそこそこ動けるんじゃないの?

私は4年前の薬指の骨折の時も、リハビリ翌日から頑張って、針金入った状態でフルート練習し始めた腕前の持ち主だし、まあいけるいけると思っていました。

 

しかし、 現実は全く違っていました。

 

ここで衝撃の写真を紹介します。人によっては見るのしんどいかもしれません。ごめんなさい。

こちら、手術直後の私の腕のレントゲン写真

私が骨折したのは右手上腕骨遠位という場所で、右腕の肘が曲がる部分のほんの少し上、(肘の曲がる部分がこのレントゲン写真の骨2本と骨一本の境目のところ)で写真でいうと折れている個所は下から3本目のボルトで見えないですが、右の端です)

こちらの記事でも記載しているように手術直後は、右腕が重りでも持たされているかのように重く、指先は5本とも痺れ、いつも前向きな自分自身でさえも「肘だけでなく、指先にも痺れが残ってしまうのではないか」と思ってしまう状態でした。

手術翌日、本当にやってきたリハビリの先生

リハビリ1

手術翌日の14時頃、やはり聞いていた通りリハビリの先生が病室にいらっしゃいました。

まだ手術翌日で頭もボッーとして、身体もだるい感じの日でした。

 

通常であれば今回の主訴である手のリハビリは、私の入院していた病院はOT(作業療法士)さん担当です。

しかし私の場合、厄介なことに生まれつきの脳性麻痺があり、動かさないと足の筋肉がさらに落ち、ただですら骨折しているのにもっと歩けなくなる可能性があり、入院時に主治医の先生に「お願いですから足のリハビリもセットで入れてください」と訴えたため、PT(理学療法士)さんのリハビリの時間もありました。

 

初日、最初にいらしたのはPTの先生

ベットから降り、病棟の廊下を1周しただけなのですが、腕が重すぎてバランスが取れず、先生に手を引いてもらい何とか歩けました。

 

その後OTの先生もいらっしゃり、先生に私はこう言いました

「骨折は確かに右手なんですけど、元々の脳性麻痺で一番まともな右手を取られて生活できないんです。

右手ダメなら左手使うしかないんですけど、今まであまりにも右手だけで何でもやってきたので、左手すら上手く使えないんです。

左手のリハビリもお願いします」

 

OTの先生は、まず昨日手術したばっかりの右手をチェック。

「パンパンに腫れてるね。これは重いわ。今日は指先を曲げて手首を動かす練習からね」と言って、重い腕を先生が持ち、私が指を曲げて手首を動かす練習をする。

右手指が半分痺れているし感覚がよくわからんけど、とりあえずやってみたというところです。

続いて左手

「うん。力はいうほど弱すぎないです。ただ、手の甲の筋肉および腕を伸ばす筋肉が今まで使っていない分縮んできているので、ここをリハビリ頑張れば使えるようになりますよ」

とのこと

 

そして手術翌々日からはベッドサイドではなく、病院のリハビリ室に移動してのリハビリです。

この病室から離れられる時間があるのです。

 

「リハビリ次第で左手がもっと使えるようになる可能性が高い。」

OTの先生のこの言葉に、本当に楽しみになってワクワクしたのを覚えています。

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