決してあきらめない障害者の作り方

Vielife


出生時、「3,4日の命」と言われた私がすでに40代。
「人生あきらめなければ何でもできる」を
全ての人々に証明したい。
そんな私の生命エネルギーが燃焼する瞬間を語ります。

 

幸せは自分でみつける

できないをできるに変えてきた私の生き方

私の障害は脳性麻痺です。見た目は目立ちますが普通に歩けます。

最近、外出時のみ多点杖を使用し始めました。

とにかく外出することが好き。喋ることが好き。家でじっとしておくなんてまっぴらです。

自分のやりたいと思ったことは、決してあきらめません。そしてとても打たれ強いです。

障害があるという理由で、やりたいことあきらめるなんてもったいない。できる方法を常に考えて生きてきました。

 

小さい頃から、周囲の大人は「ダメ、ムリ、できっこない」と思っていました。

決めつけられることが嫌でした。両親が見ていないときにこっそりいろんな事に挑戦してみました。

 

そしたら、そのできないと思われていたことがどんどんできました。

それからというもの、辛い現実があっても全てを自分自身でクリアして、今まで生きてきました。

 

そう、人生あきらめたら終わりなんです。

 

中にはこの超ポジティブな私でも「さすがに無理かも」と思った辛い経験もあります。

それでも信じて泣きながらでも生きていく。

 

そこに待っていたのは当時の泣いていた自分からは想像できない、新しいステージでした。

「障害」を「障がい」とは表記しない私の考え方

最近、「障害」という字を「障がい」と表記するようになってきました。

でも私は表記を変えるつもりはありません。

しかし、当事者の私から見たら、

「表記が変わったら私になんか得でもあるん?表記変えたら障害が軽くなるわけ?

「しょうがいしゃ」という呼び方も音の響きも一緒だし、表記なんてどうでもええわ」です。

 

いちいち表記に当てられた漢字の意味に敏感になる必要はないです。

表記が変わったところで、人の心が変わらなければ何の意味もないからです。

私自身はそんなこと気にしている人にこそ、自分は他人とは違うんだという強い意識を持ちすぎていると考えています。

 

世の中、多数派の意見が尊重され、多数と違う場合は排除されるという悲しい現実があります。

障害があることは多数派ではないので、私も排除された経験なんて山ほどあります。

多数派ではないため「障害者はかわいそう。不幸。私たち健常者とは違う。」と持っている人達がたくさんいます。

 

しかし、今大多数の健常者だと思っているあなたにも急な事故や病気で突然障害者になる可能性が十分にあるのです。

障害は不便です。

しかし、生まれつきの私には障害のない自分を体験したことがないので、これが普通なのです。

表記なんてどうでもいいです。私は私です。

障害は不幸ではない

実際、障害のせいでどんなに頑張ってもできないこともあります。

それでも私は少なくとも自分自身では「障害があるから不幸だ」とは思っていません。

人間誰でも人生を謳歌したい。それは障害の有無は関係ありません。

 

他人にどう思われようとも自分の人生です。

自分以外の誰かに人生代わってもらうことはできないのです。

死を迎えるその日に

「私の人生幸せだった。ありがとう」

そう言えればそれで良いのです。

このサイトに対する私の思い・目的とは

障害を持ってきた私の生きる意味や私にしかできないことは何なのかをずっと考えてきました。

そんな私が思いついた答えがこれでした。

世の中の障害者当事者、そしてその家族、いえ、障害者はかわいそうだと思っている人全てに、

「障害があっても、決してあきらめなければ、こんなに充実した人生が送れる」を証明したい。

 

このサイトはそんな思いから生まれたものです。

このサイトがきっかけになって、

障害者当事者がひとりでも私のように充実した人生をおくれますように。

このサイトから私と一緒に「幸せな障害者」を増やすお手伝いをしてくれる仲間ができますように。

これが私の願いです。

投稿日:2017年1月2日 更新日:

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