決してあきらめない障害者の作り方

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出生時、「3,4日の命」と言われた私がすでに40代。
「人生あきらめなければ何でもできる」を
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障害と私

バニラ航空車椅子問題。欠けているのはお互い様の視点

2017年7月8日

飛行機にのって旅行に出発

奉子です。少し前にLCCの航空会社が設備のない奄美空港で、「車椅子の方で自力で歩けないから」と搭乗拒否されるお話が、大きくニュースで取り上げられたのは、皆さんご存じだだとは思います。

 

規定上、介助者がいても車椅子ごと持ち上げるのもNGで、もちろん乗務員もお手伝いできなくて、その方がスポーツマンだったので腕の力が強く、階段を自力で上がり、色々問題になったという話しです。

 

これについて私なりに思うことを書きたいと思います。

 

歩けないからダメというのは、さすがに公共交通機関としてどうかと思う

 

車いすマーク

今回の問題。まず、昨年(2016年)施行された障害者差別解消法の観点からして、車椅子だから、歩けない人はアウトというのはどうかと思いました。

LCCというのは元々サービスを削って、いかに安くするかという観点価格設定をされているので、車椅子が乗車する=それなりの設備が必要というので、会社規定でそうしたんだろうなあというのはなんとなく想像できます。

 

しかし、公共交通機関は全てのお客様に気持ちよく、利用できるようにという観点でなければいけないはずです。

 

しかしこの問題、行きは乗務員が手伝えないという規定で、介助の人達でなんとか上げたのにもかかわらず、帰りは介助の人達もダメと言って、制止され、この車椅子の男性が強行突破して自力で登ったということなのですが・・・

 

航空会社、言うことぶれすぎやん!! アカンならアカンで行きも乗せたらアカンし、行きにOKしたなら帰りも同じようにしろ

 

と思うのがまず第一の私の意見。

 

ただ、「手伝いのいるような障害者は格安のLCCなんか乗る資格はない、高いお金出してLCC以外を使え」というような考えた方は、障害者と健常者というので、区分けをしているし、そこで差別してますよね。

 

人間誰でも格安で行きたいと思う気持ちは同じだろうから、本当は設備もきちんとして、障害者も含めていける設備を整えた上で、その価格設定で他の大手よりかなり、安いという風にすれば、良いとは思うんですが・・・

 

中には障害者のせいで、価格が高くなるとか文句を言う人もいるでしょうし・・・

そういう人は、自分たちが障害者になったら、一番権利を自己主張しそうな気が・・・

 

本当に誰かの手がないと動けない人で、介助者も用意できない場合は、プラスで手伝い料金を支払ってでも、大手より安く乗れるなら構わないと私自身は個人的に思っています。

 

ただ、公共交通機関である以上、何かあったときにお客様を全員安全に助けるというのが義務だとは思うんです。

お手伝いもできません というのはやっぱりどうかとは思います・・・・

 

車椅子だと事前連絡したら、拒否られるからしなかった。事前連絡は努力義務?

ストップ

この車椅子の男性は、このことをブログやメディアに伝え、事前連絡をしたところで、拒否られるからしなかった。

と言って、逆にすごく非難をされていますが・・・

 

この方は、車椅子で普段から海外を飛び回っていらっしゃるようです。

最悪、車椅子を降りて、這うなりなんなりすれば、自力で動けるし、海外は事前連絡無しでも対応してくれるところも多いし、「なんで事前連絡する必要があるんだ」という考えのようです。

 

その方のブログで航空会社とのトラブルを書いたブログのリンクはこちら。

その1  全日空でのトラブル

その2  先日の奄美空港でのトラブル

 

実はここにとてもへぇーと思うガッテンなブログがあります。

いずみ鉄道の社長のブログです。

内容を見ると、この社長は、長年航空会社で働いてらっしゃった経験から、障害を持つお客様もよく接されていて、ある意味「障害者の当たり前事項」も理解されています。

 

その上で、航空会社がお客様を安全に渡航されるために、色々な決まりがあり、事前準備だとのお話もされています。

 

この今回の問題の方も、「車椅子を降りても、タラップを自力で腕の力で上れるし、だから事前に連絡しなかった」なんですね。

私もそうですが、ある意味足の悪い障害者は、「這うとか階段をお尻で降りるとか、最悪そうすればできるし」という意識があります。

 

しかし、車椅子がダメってわかって、それを強行突破を選んだならそれを、ブログで「こんなことされた!」というのはどうかと思います。

 

鉄道は、今でこそ、事前に連絡しなくても乗れるようになりましたが、空を飛ぶ飛行機は、安全の都合上、いきなり言われたら困ることもたくさんあるようです。

 

つまり、これって私がこちらのブログで私が書いている「障害者の側にも相手に配慮する必要がある」という視点が欠けていると思います。

 

気持ちはわかりますが、この方の残念なところは、海外と日本とでは障害者に対する意識が違うので、めんどくさいのはわかるけれども、せめて事前連絡すべきだった。

事前に言っても無理だからと、強行突破してメディアにいうのではなくて、なんとか乗せてもらえるように先に交渉すべきだったかなあと思うのです。

 

交渉してダメなら、障害者差別解消法違反だとメディアに言ってもよかったとは思います。

 

まあ、ある意味、やり方は悪かったとは思いますが、この方の行動で、世の中に「車椅子だから、歩けないから乗車拒否という航空会社あるんだ」ということを世間の人が知ることになった。

 

この行動をきっかけに「LCCで車椅子に乗れるように対応が変わった」というのは、良かったかなとは思います。

 

しかし、個人的には、もうちょっとやり方があったよなあってね。

悲しい現実。海外は同じ人間。日本では同じ人間ではなく、障害者と健常者という区分けで見られている・・・

障害者でも、スポーツ選手は海外での渡航も盛んです。そのため、海外と日本での自分たちの見られ方の差に大きく差があるのを感じられるようです。

海外でパラリンピックの選手とかは、車椅子の障害者ではなく、何々のスポーツの選手という風に見られることも多いそうです。

たぶん、海外は障害者が外に出て、自立生活していることが当たり前な風土があるのだと思います。

 

ただ、日本は残念ながら、「障害者」・「健常者」という明らかな意識の違いがあり、世間の施設も、健常者の目線でしか作られていません。

つまり、人間みんなが楽に過ごせるという目線ではないのです。

 

そのため、障害者になった時点で、自分は世の中の他の人とは違う的に思う人も多いです。

誰しも、何時どこで、病気や事故に遭って障害をもつかもしれないのに・・・

 

私の父もそうだったように、高齢になると、3日寝ただけで突然歩行器でしか歩けなくこともあるのに・・・・

最近は高齢の方も増え、エレベーターもどこにでもあるようになりましたが・・・

自分でなんとかする、障害者の当たり前は日本ではショッキングな光景でクレームになったりする

先ほども述べましたように、障害者もできるだけ人の手を借りたくなく、自力でなんとかしたいため、ある意味足の悪い障害者は、今回のように階段があった場合、

 

「這うとか階段をお尻で降りるとか、最悪そうすれば、自分でなんとかできるかも」という意識があります。

 

しかし、健常者から見ると、それってかなりショッキングな光景で、可哀想とか、ひどいとか思われてしまいます。

 

設備ががないところで、事前連絡をせずに自力でなんとかする方法を取ると、「障害者の当たり前」だと知らない一般の方は、それこそ航空会社にクレームをいうのです。

また、いずみ鉄道の社長のブログにも記載があるように、乗客みんなが気持ちよく乗車できるように考えのひとつとして、車椅子等の席も事前に決められているということから、飛行機は優先搭乗とかがあると思うんです。

事前連絡をせずに誰もが完璧な対応ができるかというと、さすがに無理だと思います。

 

私も、初めて載る鉄道会社や施設に車椅子の友人と行くときは、念のために聞くことにしています。

「車椅子なので、一応お伝えしようと連絡したのですが、何か、早めに行った方が良いとかあるでしょうか」とね。

 

そこで、答えが「特に不要です。安心してお越しください」なら、それで良いのです。

電話1本で、楽しく過ごしたり、きちんと対応していただけるなら、本当にハッピーです。

 

それこそが合理的配慮だと思うのです。

 

私がしてほしいのは、障害者割引ではなく、みんなが笑顔になれる設備投資

笑顔の家

最近は、視覚障害者がホームに転落する事故も増えたことから、電車に乗る度に「困っている方を見かけたらお声かけを」というアナウンスをよく聞くようになりました。

 

ある意味、日本は障害者は自分たちと違うという意識が強すぎて、「声をかけるのは気恥ずかしい」とか、「関わりたくない」と思う人も多いので、存在を無視している人も多く、「困っている状態」がわからないのではないかと思います。

 

実は私は、自分のトレーニングの意味もあり、いつもたとえ杖を持っていてもガンガン階段を上っているのですが、駅員さんに「大丈夫ですか?」と声をかけられることも増えました。

 

全く困ってないけど、声をかけていただくのは、ありがたいので、お礼だけは言っています。

 

世の中の施設は、健常者の視点で作られているので、私も電車とホームの間が広い場所や手すりのない階段は人の手伝いが必要だったりします。

身障者手帳を持っている場合に受けられる、公共交通機関の電車などの割引は、病院の通院等が多い障害者に対しての「健常者より、お金がかかって大変ですね代」というので、ありがたいなとは思います。

 

しかし、障害者割引は、市営とかの公共交通施設の美術館や映画館の割引まであります。

確かに私も「ありがたい」と思って使っていますが、ある意味これは障害者だから割引されるという理由はないと思うのです。

こういう割引のことを中には「障害者は割引があって逆差別」と思う人も多いです。

 

中には、たとえ割引があったとしてもバリアフリーでないければ、利用しづらいどころも多いです。

こんななので、「障害者=割引があって当たり前」=「自分は特別の障害者様」と思うアホな迷惑な人達も多いような気がします。

こんな人もいるから、余計にかなりまともな人まで、「だから障害者は嫌だ」と一緒に見られるような気がして仕方ありません。

 

割引がなくても、これが実現してくれるならその方がよほど嬉しい。

ハート

私がほしいのは、障害者割引ではなくて、みんなが笑顔で人の手を借りずに利用できる設備です。

 

電車とホームの間が空き過ぎていないこと。

階段のあるところには必ず手すりがあること。スロープが横にあること。

エレベーターがどこにでもあること。

トイレは車椅子用トイレが当たり前にあること。

カフェやお店もバリアフリーで、車椅子が入っても十分な広さがあること。

 

そして最後は

世の中の人々が「障害者が街にいても、当たり前だと思ってくれるようになることです。

障害者ではなく、同じ人間とみんなが思ってくれる風土になれば、誰もが暮らしやすいようになるので、事故等で障害を負ってしまったとしても、卑屈になる人も減るのではないでしょうか?

そして、ある意味、障害者の皆様も自分は人に助けてもらって当たり前、ではなくて、最低限のルールやマナーは守ってほしいと思います。

 

今は元気な人達も、高齢になると歩きづらくなり、車椅子になることもよくあります。

結局、そうなったときにいくら割引があったとしても、施設がみんなに優しい施設でないと、「家族一緒に旅行行ったり、好きなところに出かけて過ごしたい」

という、ごくごく当たり前のことができなくなったります。

お互い様。持ちつ持たれつが当たり前の世の中になってほしい。

今、世の中は自己主張が強く、自分さえ良ければ良いと思うような、お互いの揚げ足ばっかりとるような醜いようなことが多いように思います。

 

生きていれば障害者あろうがなかろうが、誰かに助けられて生きている。自分もいつどうなるかわからない。「お互い様」だとは思いませんか?

 

私はお互い様、持ちつ持たれつという言葉は大好きです。

 

もし、全員がそう思えば、このギスギスした世の中が少しは変わると思いませんか?

私は助けられている分、自分の強みはどんどん活かして、今まで通り邁進していきます。

思いは必ず通じると信じて!

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