決してあきらめない障害者の作り方

Vielife


出生時、「3,4日の命」と言われた私がすでに40代。
「人生あきらめなければ何でもできる」を
全ての人々に証明したい。
そんな私の生命エネルギーが燃焼する瞬間を語ります。

日々の日常 障害と私

笑顔で笑い飛ばして困難を乗り越える~過去の私が教えてくれたこと

奉子です。こちら2013年12月の過去記事ですが、今の現在の自分が、過去の自分に気が付くためのリソースとして重要だっとことに気が付いたので、そのままUPします。

過去、一番しんどかった時期はどこかと言われると、この2013年10月~の約2か月間を上げます。

過去記事は4つに分かれていたのですが、このままひとつにまとめたいと思います。

2013年12月過去記事より~体調不良その1 せき喘息と風邪のダブルパンチ

2013年10月、プロ野球のクライマックスシリーズが終わった直後のことです。

私は突然の謎の空咳に襲われます。

昼間はさほどでもないのに夜布団に入ると激しい咳が出るのです。

後に、だんだん昼間も出るようになりました。特に室内。暖かい部屋にいるとだんだん苦しくなってくる感じです。

 

熱も出ず、咳以外はなんともないのですが、とりあえず眠れないので、10月末に近所の耳鼻科に行きました。

花粉症持ちの私、診断はいつものアレルギーでした。

秋になるとアレルギー症状でハスキーボイスになったりするので、今回は咳で出たかぐらいに思っていました。

しかし、なんとこの処方された薬が全く効かないのです。おかしい。なんだろう。そう思いながら過ごしました。

 

そして11月になりました。

11月2日、いつも行く浅岡雄也さんのライヴに行きました。

もちろんいつも一緒の車椅子の友人と一緒でした。

私「なんか知らんけど、咳が止まらないねん。アレルギーって言われたんだけど、今回薬効かなくて」

友人「あんた咳ぜんそくちゃうか?咳ぜんそくの咳してるで」

私「え?ぜんそく?あんた元々ぜんそく持ちやけど、私もそれになったん?でも感じ違うよね?」

友人「気管支喘息≠咳喘息で別個のものだよ」

それを聞き、私はネットで調べてみました。

どうやらもともと花粉症などのアレルギーを持っている人が季節の変わりめに呼び込むものらしい。

好酸球の仕業とか・・・

呼吸器内科も受診し、喘息用の吸入器を処方されました。

 

実は私は今強固の便秘症状を改善するために、9月から漢方の煎じ薬を飲んでいます。

6月と7月に結石のような激しい腹痛が夜に約2時間、2度も襲われました。

結石疑いで病院受診し、CT撮影しても異常がなく、便秘のせいだと診断され、漢方を飲み始めたんです。

これが私の身体に非常に合ったらしく、今はあの腹痛に襲われることはなくなり便秘も解消されています。

 

漢方の先生にも咳症状を相談しました。

最初は普通の咳用の漢方を処方してくれたものの、あまり効かず、途中で咳喘息とわかり、処方も喘息用のものに変えてくれました。

最初に効かなかった耳鼻科にも再度行き、咳喘息と診断されたことを話すと、処方薬が変わりました。

漢方、耳鼻科の二度目の処方薬、吸入器、全てを使い、症状は少しずつ良くなってきました。

 

咳がやっと軽くなった頃、今度は鼻づまりが起きました(泣)

ずっと1ヶ月以上マスクをして過ごしていますが、どこかで風邪をもらってしまったようです(泣)

最後に内科を受診しました。

 

お薬手帳を持参し、効かなかったアレルギー薬→吸入薬→わりと効いた耳鼻科の2回目、あと漢方薬 全て話しました。

内科では痰を出にくくする薬、また別のアレルギー薬、あと点鼻薬を処方されました。

そこから薬を飲むこと1週間、ついに鼻づまりも解消されました。

 

そして気がついたらカレンダーが12月に変わっていました。

そう、私は10月下旬から悩まされた咳喘息→風邪に1ヶ月以上かかってやっと完治したわけです。

長かったです。

ただ 咳喘息はまた季節の変わり目に出てくる可能性が高いのでそれはそれで、また漢方で改善します。

 

体調不良その2 骨折発生

ぶっちゃげ告白体調不良その2です。

実は骨折しておりました。

しかも骨折した日時は11月2日。その1、ぜんそく編の中に浅岡さんのライヴに行ったときの友人との会話を書いていたと思うのですが、この骨折はそのライブの帰りに起こりました。

浅岡さんのライブはとても楽しく、友人とも久しぶりだったのでライヴの帰りに軽くお茶でもしようということになりました。

夜の21時頃、いつも混雑の地下街ホワイティ梅田ですが珍しく人があまりいません。

 

いつもは安全のため、私が先に歩いて、車椅子の友人が後からついてくるのですが、そのときは空いていたせいで油断していたのか横並びで歩いていました。

目の前に喫茶店が見えました。「あそこに行こうか」と行ったそのときです。

友人の車椅子に私が足をひっかけたか、友人の車椅子と私が横でぶつかったかで、私が左斜めに激しく転んでしまいました。

ホワイティ梅田のど真ん中、人もたくさん見ていたので恥ずかしかったです。

手を斜めについたのはわかりました。

 

転んだときにかなり強い衝撃を受け、起き上がると左手薬指が変な方向に曲がっていたのでちょっとやばいと感じました。

しかし夜の21時過ぎ、梅田のど真ん中、今は病院も開いていない。

せっかく友達と喫茶店に入ろうと思っていたのにこのままどうしようもないので、そのまま喫茶店に入りました。

この転倒の直後、貧血状態になったので、「あ、きたきた」と思いました。

「明日フルートなのに、これはアカン」と思いました。

 

喫茶店で、水を二つ頼み、左手薬指を冷水で冷やしながら普通に友人とお茶飲んでいました。

→実はこの話を他の友人にしたら「あんた、それおかしい。普通骨折してらお茶なんて飲んでられへんぐらい痛いはず」と突っ込まれました(笑)

私の予想ではこれはヒビはいったかもとは思いました。

 

転んだ日は3連休の最初の土曜日の夜。翌日は日曜日、そして 翌々日は祭日、病院が普通に開くのは火曜日。

火曜日の午前中は仕事が忙しく休めないし、火曜日の夜・・う~ん。長い。

 

とりあえず、土曜日は普通に家に帰り、土曜日帰宅後、すぐに自宅にあった病院処方の湿布を貼り、テーピングをする。

翌日の日曜日も出かけず家にいました。しかし指の晴れがひどくなってきました。

色が激しく変色。インターネットで色々調べてみるが、万が一腱とかが切れていたら手術するしかないとのこと。

これ、火曜日まで置いておくのは非常に危険な気がする。

 

日曜日の夜、家から行ける範囲で、救急で整形外科があるところがないか電話して聞きました。

残念ながら整形外科の先生が当直の病院がありませんでした。

しかし、済生会野江病院に電話したときのことこんな風に言われました。

「今日は無理ですけど、済生会は祝日に普通に外来受付していますし、明日まで待てるなら明日来てくださったら、整形外科の先生も普通にいるので明日はどうですか?」

「それなら明日朝から行きます!ありがとうございます」と即答。

 

11月4日(祝)朝8時過ぎに家を出発し、バスと徒歩で済生会野江病院に行きました。

実はこの済生会でついでに呼吸器内科を受診し、吸入器を処方されたのです(笑)

 

かなり長く待って整形外科の順番が来ました。

私の手を先生がみた瞬間、こういわれました。

「これ絶対骨折してるわ。レントゲン撮って来てください」

痛みに強い私が立証された!骨折手術編

レントゲンの結果はもちろん骨折。しかも場所は左手薬指付け根左側を斜めに骨折しているとのこと。

 

私「骨折ですか・・あの私フルートやっているので吹けなくなったら困るんで。大丈夫ですよね?」

医者「え?楽器やっているの?それはなぁ・・・実はものすごく折れた場所が良くなくて誰でも動きにくくなる場所なんです。

オペしないと絶対動かなくなるし、オペしてもリハビリかなり頑張らないと、絶対大丈夫とはいえないです。」

 

私「オペしなかったら確実に動かなくなるんですよね。したら可能性があるということならじゃあしょうがないです。手術します。

フルート吹けなくなるのだけは絶対に嫌なので。私、元々の脳性麻痺が整形外科なんですけど、自分の病院でしようかなあ・・(悩み中)」

 

医者「オペなんだけど、急ぐから遅くても明後日までにはしないと手術が難しくなるんだけど、明日会社休める?」

私「それなら時間ないのでこちらでお願いしたいです。え?明日?明日は仕事休みにくいなあ・・」

医者「あなた、これは会社休まないといけないようなケガですよ!!」

私「はぁそうなんですね。それではしょうがないので上司に話して会社休みます。」

医者「ところで、あなた今日は時間ある?」

私「今日ですか?今日ならもうこの病院に来る予定だけしかないので別に時間はあります」

医者「もしもオペ室が空いていたら今日の夕方から手術してあげるからちょっと待って」

私「もしもそうしていただけるなら非常に助かります。何時でも待てます。」

医者 確認後「今日の16時からオペできそうだから、じゃあ今日しよう。オペ前の検査がいるから、今から行ってきてくれる?」

私「ありがとうございます。わかりました。助かります。じゃあお昼食べて待っておきます」

医者「悪いけどお昼抜きにして。もうオペ終わるまで飲食禁止ね。麻酔をするから、物食べたら戻す人もいるから食べたらダメなんです」

私「え~。絶飲食・・もっと朝ご飯たくさん食べておくんでした。わかりました。頑張ります」

というわけで、いきなり当日に手術が決定してしまいました。

 

尿検査、血液検査、レントゲン、肺活量検査、をクリアして16時過ぎからオペ準備が始まりました。

総合病院の手術室なんてもちろん行くのは初めて。

手術着に着替えて先生達が準備を始めています。

 

点滴をされるだろうなあとは思っていましたが、手術の際の血圧計などの機具を付ける関係で、点滴は腕の真ん中ができないことがわかりました。

つまり、手の甲での点滴。めっちゃ痛いというわけです。

説明を聞いてあきらめたものの、私は手の甲では場所が出にくかったみたいで1回目は鍼が入らず思いっきり失敗されます。

看護師さんに「さすがに痛いです(泣)」と訴えたぐらい。

 

2度目、甲はあきらめられ、少し腕側に移動。今度は失敗せずに入りました(ホッ)

今度は恐怖の麻酔の注射です。

局部麻酔をするのですが、指の近くにするとは思ってはいましたがまさかの展開でした。

 

手足の指の手術の場合、麻酔は指の周りに神経がたくさん集まっている関係で麻酔の注射は1回ではないのです。

薬指の周りに甲側3回 手のひら側3回 計6回も針を刺されました。

またこれがとんでもなく痛い!この痛さは過去の私の痛み経験の中で1番ぐらいかも。

オペ室の看護師さんたちも痛さを知っているのか「頑張って」と声をかけてくれます。

看護師さんお墨付き。私は絶対に痛みに強い!

拷問のような時間が終わり、麻酔の効きのチェック。

もしここで効いていなかったら左手全体の腕の麻酔に変わるそうなんですが、私は麻酔の効きが良いのでこれで終了。

ついにオペが始まりました。

手術は切るのではなく、針金を2本入れて骨折箇所を上手く固定するというもの。

先生もCTの映像を見ながら場所を確認します。

 

途中で針金が入っていく感覚はありましたが、先生に「多少は痛いですがまあこれぐらいなら我慢できます」と伝えました。

しかし最後の方でさすがにあきらかに針金を刺そうとしていて、確実に痛かったので先生に「さすがに痛いです」と伝えました。

先生「あ、ごめん。ここ麻酔全くしていない場所だね。麻酔するわ」

と言ってまた甲側だけでしたが麻酔の注射をされました。今度は痛みに慣れたのか1回目より痛さがましでした。

 

その後手術が無事に終わりました。先生はレントゲンの準備をしています。

 

オペ室の看護師さんにこんなことを言われました。

「あなた、痛み強いですねぇ!!」

「えっ?そうですか?」

「はい。麻酔の注射も指の注射って麻酔の中で一番痛いんです。もっとみんな痛がるのに」

オペ室の看護師さんに言われたので、ちょっと自分に自信がつきました。

オペ室から出るとき自分の手を見てびっくり。

 

な、なんだ。この包帯ぐるぐる巻きは!!!

 

着替えの時に着てきた服に腕が入らないほど、包帯ぐるぐる巻きにされていました。

着替えも一苦労で看護師さんに手伝っていただいた程です。

左腕が入らず、上着の前のボタンを留めて上手く隠れたのでそのまま家に帰りました。

帰宅したのは夜の7時半。朝、家を出たのが朝の8時過ぎなので、長かったです。

 

しかしこの手では全く用事をすることができません。

食事、着替え、風呂、どうするかなあ・・・しかし大変なことになったものです。

驚異の回復力。私は強いと再認識

病院の手術から帰った当日、夫が私の手をみてひとこと。

「お前はマー君か!」

これはどういう意味かと申しますと、日本シリーズで楽天の田中将大投手が太いアイシングを手にしていた感じに私の包帯のされ方がそっくりだったのです。

それぐらい包帯ぐるぐる巻きだったのです。

当日の写真を携帯で撮ろうかと思ったのですが、さすがに痛々しそうだったので止めました。

 

手術をした関係で、病院には消毒に通うように言われたのですが、済生会は普段16時過ぎには病院に入らないといけませんでした。

けがの通院で、早帰りの日が増えた私は、これ以上仕事を休むわけにも行かず、近所の整形外科に紹介状を書いてもらいました。

これなら、仕事の帰りに病院に寄れます。

 

手術の翌日、早速仕事帰りに近所の病院に行きました。

医者「大変やったなあ。でもレントゲン見る限り、ものすごく良い処置してあるよ。祭日に病院行って偉かったわ。

それにしても祭日に済生会やってたんか。すごいなあ。しかも当日オペしてもらえたんやろう。ホンマよかったね」

と近所の病院の先生、処置に大絶賛。

医者「済生会の先生も『フルートやっているんだったら、今日からリハビリして』っていうたんだろう。

そやねん。少々痛くても今日から動かさないといけないねん。じゃあリハビリのオーダー出しておくね」

 

とそこの近所の病院で早速リハビリも受けられることになりました。

 

私「実は私ここの病院に毎週水曜日に来られているM先生が、元々の病気の主治医なんです。報告した方が良いですよね?」

医者「そーなん?それやったら明日来て報告だけしとき」

というわけで、私の元々の障害の主治医が、たまたま私の現在の自宅近所の病院に、水曜日の夜に来ておられるので、報告に水曜日にも病院に行きました。

なにせケガの時に一緒にいた車椅子の友人もその先生の患者なので、先生は状況もよくわかります。

 

M先生「あんた、こりゃしゃーないわ。処置も上手くしてあるし、フルート吹けるんちゃう?大丈夫やと思うわ」

ちなみにM先生もフルートを吹くのです。

一緒にその京都の病院のクリスマスコンサートでデュエットしたこともあるんです。

 

M先生までそうおっしゃるなら、大丈夫だろうし、気持ちであきらめたら終わりです。

私は絶対に完治して元通りになって2月のフルートの発表会に何食わぬ顔して出てやる!その気持ちしかありませんでした。

経過写真はこちら

では経過の携帯写真をUPします。

手術2日目~3週間はこんな感じで腕の手前まで包帯されていました。

手のひら側全体の図

ケガ包帯全体図

骨折したのは左手薬指なのですが、針金も入っているために握る方向に動くのはOKでも、逆になるのが絶対にダメらしく、長く固定板が入っていたため、ここまで包帯が長いのです。

 

甲側のアップの図

甲側のアップ

 

オペからちょうど3週間とちょっとの先月28日、針金2本のうち、1本を抜いてもらえました。

ちなみに消毒とリハビリは週1回近所の病院に通っていましたが、針金抜きはやはりオペした病院の方が良いだろうと思い、会社を早退して済生会に行きました。

針金抜くってまたどんなに痛いのだろうかと心配しました。

先生がペンチを持って来られたので焦りました。もっと肉が引っ張られる感じがあると思ったのですが、さほど痛くはありませんでした。

 

針金1本抜いた日から包帯がこんなに身軽になりました。

甲のアップの図

身軽になった甲

手のひら側の図

手のひら側

 

しかしさすがに3週間も固定されていたがすぐに動くわけがなく、左手を包帯の上からも色々マッサージしました。

骨折はその箇所の傷よりも他の体の部位がかなりつらい。

骨折して、一番しんどかったのは傷ではありません。

手術室の看護師さんお墨付きの傷みに強い私は、骨折してすぐも、触らない限りはそこまで痛みは感じなかったのです。

 

固定板もついて包帯でぐるぐる巻きに固定されたので、歩くときのバランスが全く変わってしまい、背中や腕など、身体がとにかく痛かったのです。

もちろん左手が使えないので、風呂はビニールを巻いて入り、髪も顔も片手でしか洗えませんでした。

この間も仕事は休んでいません。パソコンも片手でしか打てません。家事をするのも不可能です。

 

寝るときも、咳ぜんそくがあったため上を向いて寝られず、まくらを2段にして出来るだけ首を高くして横向きになった状態の上に、この左手用の枕も設置。

咳は出るは、身体は痛いわで、実はケガをした次の週末は身体が痛くて布団から出られませんでした。起き上がると背中に激痛が走りました。

 

そんなひどい体調もケガをして2週間を超えると身体が慣れたのかましになってきました。

 

やったー包帯取れた

そしてつい3日前の木曜日12月5日。ちょうど手術して1ヶ月ですね。包帯がついに取れました。

お風呂はもう1日待ってということだったので、お風呂復活は昨日12月6日です。

包帯取れた

ちなみに下側薬指2カ所に赤くなっている部分がありますが、ここに針金が刺さっておりました。

拡大図

いやー、昨日は感無量でした。風呂に左手をつけたのは1ヶ月ぶりですからね。

布団にも固定されていない手で眠れました。

 

もう夜に咳で悩まされてもいません。朝までちゃんと寝ることが出来るのです。

あんなに痛かった背中も、もういつもどおりの凝り程度です。

驚異の精神力。針金1本目抜いて、3日後からフルート練習再開

指の固定がなくなったので針金を抜いて3日後からフルートを練習してみることにしました。

フルートを触るのは1ヶ月ぶり。音出るかなあ。

30分、普通に練習できました(*^_^*)もう感無量です!!

 

ただ、息は続かないは、骨折の影響か薬指が楽器の正しい位置に乗らないんです。

ロングトーンはできても曲になると全く吹けない。焦りました。ヤバイ!

いや、でもまだ針金入っているし、そんなすぐに動くはずないよね。

針金の2本目を抜く一昨日、済生会の先生にこのことを話しました。

 

私「左手薬指が楽器の正しい位置にいかないんです。よく見てみたら左手薬指が小指側に開かなくて中指側に寄ってしまって曲を演奏するのに上手く出来ないんです」

先生「これ、折れた骨と筋肉の関係で、どうしても中指側に寄りやすくなってるんです。

これは今後の骨の付き方を経過で見るしかないし、処置もこれ以上できないです。

骨折としてはものすごく高いレベルで治っていて、人によってはもっと痛みが残ったり、もっと指が動かない人もいっぱいいるのに、これだけ痛みもなくてここまで動くのはかなり合格点です。でも楽器吹くならもう一声ほしいよね」

 

先生「じゃあ、こうしてみて。左手薬指と小指を練習するとき以外テーピングで止めておいてみて。何もしないよりは中指側に行くのがこれでましになるかもしれません。」

というわけで、提案された図がこんな感じです

指デーピングの図

朝からフルート練習するまではこの感じで過ごして練習終わったらテーピング外して風呂入って寝るみたいな感じです。

 

ちなみに昨日練習してみたら、確かに少しましで、曲が吹けました。

実は来週の土曜日にはフルートのレッスンに復活します。

すぐには無理だとは思いますが、2月の発表会は絶対に笑顔で出演したいと思います。

 

 

 

困難から逃げず、笑顔で乗り切る。当たり前のことに喜びを感じる。これが私の蘇生術

10月から咳喘息、骨折、歯の詰め物が突然取れる、風邪、と色々な身体の不調があり、仕事もスピードが出ず、怒られたこともありましたが、一切身体の不調のことは口にしませんでした。

 

この不調の中でも、長野からお義父母さんたちがいらして楽しんでいただいたり、全く顔のお手入れもできなかったので、いつもお世話になっているエステのお姉さんのところに駆け込んで、少し肌が復活したり、姉の誕生日で美味しいケーキが食べられたり、夫が色々家事を代わってくれたり、幸せな出来事はたくさんありました。

 

一見、不幸だと思う出来事ですが、出会った先生もタイミングも全て良く経過は良好です。

人間、あきらめたら終わりです。この2ヶ月苦しくても心はずっと笑っていた。

だから今も私は幸せです。残り1ヶ月元気で過ごせますように。

-日々の日常, 障害と私

Copyright© Vielife , 2019 All Rights Reserved.