決してあきらめない障害者の作り方

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出生時、「3,4日の命」と言われた私がすでに40代。
「人生あきらめなければ何でもできる」を
全ての人々に証明したい。
そんな私の生命エネルギーが燃焼する瞬間を語ります。

障害と私

自分の想い癖。実はこれで誰かを傷つけてしまっているかもしれません。

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奉子です。今回は私が最近気がついた自分自身の思考回路の思い癖についてお話ししようと思います。

人ぞれぞれだとは思いますが、たぶん思い癖ってどなたにもひとつはあるのではないかなというお話です。

何か特定の言葉やシチュエーションに過剰反応してしまうことってありませんか?

苦手

皆さんは、他の方と比べて、なぜかこの言葉やシチュエーションになると、とても嫌な気持ちになったり妙に言葉がキツくなり素直になれないことはありませんか?

普通に言えば良いのに、なんでだろうって。

 

私の場合、中学生~20代前半ぐらいまでのとても身体が元気なときに特に顕著なある出来事がありました。

「電車の中で席を譲られること」

一般的に考えると、足の悪い私に、電車で席を譲っていただけるのはありがたい話で、それがどうして嫌なのか不思議だと思われます。

 

私の場合、想いはこうでした。

「私は確かに足が悪いかも知れないけど、譲ってもらうほどしんどくないし、そもそも可哀想な目で見られることが嫌。

私は同級生がやっていることと全く同じように生きたいし、自分でやれることは自分でやりたい。

特別扱いされたくない。」

 

私は家では両親に「常に足が悪いから親がサポートしてあげなければならない」的なかなり過保護と常に誰かが先回りして危険を回避するような家庭でした。

まあ、一般的に考えるとそれは障害のある子どもだから普通のことかもしれません。

なんでもやってもらえ、小さい頃の私は確かに楽だったかもしれません。

しかし、こちらの記事でも書いていますが、私は障害者だけの世界で生きるわけではないので、健常者の中に入ったときに明らかに「努力しないと健常者と明らかに差がついてしまう自分」を実感したのです。

そしてずっと思っていました。

そして、自分は足が悪いことで健康な人より劣っていて、さらに歩き方が正常ではないので、自力で歩けるようになってからも、他人から「変な歩き方」と子どもには真似をされ続け、笑われ、じろじろ不思議な目で見られ続けることにとても嫌悪感を感じていました。

 

私は特別なんじゃない。みんなと同じようにやりたい。

だから私は努力しました。

 

また、私はかごの鳥じゃない。一生この過保護の親の傍で生活するのなんて嫌だ。私も自分の人生は自分で決めて生きたい。

とも思っていました。

 

小学生の時は歩く距離も限られていたので、遠足も途中まで歩いて半分電車を使いもしていましたが、中学生になってからは遠足も同じ距離を歩きました。

この頃から体力も付いてきたので、歩く速さも遅くはありませんでした。

 

高校の時もブラスバンド部の遠征は同じように行きました。皆に遅れを取らないように必死で歩きました。

実際、私の中高大の友達は、「先に行っててもそのうち追いつく」ということをみんな知っていました。

 

そう、私は見た目は障害者なのは事実です。

しかし、20代前半までの私の体力も心も常に「私は健常者と同じように何でもできる。気を遣われたくない」だったので、この自分の想いには反する

「あなたは障害者で席を譲った方が楽でしょ。階段よりエレベーターに乗った方がいいでしょう」と思われることに、

「私はまた特別扱いされた。悔しい。悲しい。同じようにできるのに馬鹿にしないで」という強い嫌悪感を感じてしまっていました。

 

中学生の私は、席を譲ってくれた相手の気持ちを汲むなんてことはできませんでした。

あからさまに「いいです」とはっきり断っていました。

はっきり言って、見る人がみたら、「めっちゃ可愛くない生意気な中学生」だったと思います。

 

こんなエピソードもあります。

私の実家は駅までが遠く、1㎞以上ありました。

近所の有名な議員さんが、「車に乗せてあげましょう」と言われたことがありました。

急いでいたら乗ったかもしれませんが、目的の時間まで車に乗ってしまうとかえって待つ時間が増えるため、乗らずに歩いて行くことを選択しました。

その結果、その議員さんは私の母に「お宅の娘さんは人がせっかく乗せてあげようというのに断った。」と伝えに言ったようです。

 

足が悪いんだから、人よりしんどいのになぜ、階段席を選び、譲られても座りたくなかったのか?

その理由は、私の鍼灸院の先生がいつも言ってました。

「お前は楽したら歩けなくなるよ。それでもええんか?できるうちは階段登ったりしてがんばりや。お前の身体のためだからね」

大好きな鍼灸院の先生の言うことを素直に聞いてきただけでした。

 

当時は、ふーんと思って聞いていました。

しかし、あれから35年。今ならわかります。

 

今、現在、登りたくても足が動かず、階段が上れない日があります。

電車の席、譲っていただけるなら喜んで座ってます。立っていると明らかに怖く、ふらつく日があるのです。

人混みで人が避けられなくなりました。

調子が悪い日は本当に足が硬直して前に出ない日があります。だから杖を作りました。

 

これだけ、私の心は健常者と同じように何でもできると思い続け、努力し続けた私でさえもこうして加齢による二次障害には勝てなかったのです。

しかし、まだ私はこれでもマシな方です。

杖さえ持てばまだ、歩くのは遅くなっても自分の好きなところにはひとりで行けるのです。

これがもし、小さいときから楽な方を選び続けていたら、私は今も歩けていたのかは本当にわかりません。

今でも多少あるこの想い癖。そして友人から聞かされた私たち障害者に声をかける方の想い

愛

私は今でもわざと階段を使っていると見知らぬ方から「エレベーターあっちにありますよ」という声かけをよくいただきます。

今でも毎回「ありがとうございます。エレベーターの存在は知っていますが、実はわざとなんです」と説明をします。

ただ、やはりこの昔からの想い癖は強固で、本人はそんなつもりはなくても、相手の方に対して、どこか拒絶感のある口調になっていることがあることを最近知りました。

 

そんな中、私にこういった方がいます。

「障害者の方に電車の中で席を譲るための声かけって、実はかなり勇気がいるし、言う方もエネルギーいるもんなんです。」

 

いわば、特別な目で見られているという勝手な想い癖があるのは私の方で、こうやって言ってくださる方は「優しさ、思いやり」の気持ちなのに、それを汲み取れずにどこか拒絶口調で返してしまっていたとしたらそれはとても未熟なことで、知らぬ間に相手を傷つけてしまっていたかもなあと思いました。

 

私という人間に一度でも会って、話したことのある人々は「奉子さんは本当に手助けがほしいときは自分から必ず訴える。基本は何でも自分でやりたいしできる人」

という認識があるため、ほっておいてくれるのですが、それ以外の世の中大多数の人は私のそんな気持ちは知るわけもないのです。

 

私は勝手な想い癖のせいで、皆さんの愛や優しさを受け取るのが下手なんだ。

そして、自分では気づいてないけれど、自分の嫌なシチュエーションや普段の生活でも心や気持ちに余裕がないと言葉がキツくなる傾向があるということに今更気づかされました。

 

障害者に優しくして断られた経験のある方へ

皆さんの優しい気持ちを汲み取れずにごめんなさい。

私たち障害者も色々な思いがあるのです。

 

障害者=楽な方が良いというわけでもなく、私のように身体のために、できる限りトレーニングとして選択して生きている人間もいます。

だた、これは障害者全員ではありません。

中には障害者は席を譲られて当たり前だと思う人がいるのも確かです。

 

本当にいろんな考え方の方がいます。そして、私たちも未熟です

そのあなたの優しい思いやりや愛の気持ちは、必ずこれからも必要になります。

みなさん、本当に助けていただだきありがとうございます。

 

今回は、あくまで私の例でしたが、皆さんも自分では気づかない何か昔からの想い癖で、知らぬ間に他人を傷つけてしまったり、損をしてしまっていることはあるかもしれません。

お時間のあるときに考えてみるのも良いかも知れませんね。

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