決してあきらめない障害者の作り方

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出生時、「3,4日の命」と言われた私がすでに40代。
「人生あきらめなければ何でもできる」を
全ての人々に証明したい。
そんな私の生命エネルギーが燃焼する瞬間を語ります。

日々の日常 障害と私

うつ病闘病中、リハビリ出勤2週間終了、「ある」をみる練習中。自分を褒めるのって難しい。

奉子です。私のうつ病闘病日記9回目。

5月9日から仕事のリハビリ出勤を開始しておりますが。ふと気がついたことを書き留めておこうと思います。

私の場合、職場が落ち着くらしい

仕事

最初の8日間3時間→4,5時間→5時間→(5時間を2週間続ける予定)という感じなのですが、この2週間仕事には遅刻せずに無事に出社しております。

仕事を休職する直前の

・「慣れた単純作業」でさえ、手が動かない。

・人の話やメールの内容が理解しづらい。

・ずっと頭がわーっとなり、ごちゃごちゃして、何もかもがうるさく落ち着かないでいる

という、ことから考えると、普通に

「指示された仕事」+(ふと毎日ルーチンでやっていた単純な仕事を思い出し)「これできるならやって方がいいですか?」と自分から尋ね、普通に手が動いている時点で、めっちゃ嬉しいです。

 

確かにフルマックスで仕事できていたときの自分よりは、できることは少ないとは思います。

会社も今は手を広げずに、1個1個こなしていくことの方が大事だといってくれています。

 

とにかく、休職前の「書類を右から左にやることが嫌」「手が全く動かない。あれもできてない。どうしようどうしよう」と

強引に身体を引きずって、仕事に行ってたときのことを考えると、

まだまだ思い出し途中ですが、とにかく「仕事が嫌だ。私はできない」という焦りだけは、あまり感じていないのがわかります。

 

ある1日は、以前決して好きではなかった苦手な部類の、しかも仕事の量の多いパターンが来てました。

実はやり方と方法、順番がわからなくなり、途中でギブしてしまったのですが、

「今日はダメだったけど、量の少ないパターンでまた次回やらせてくださいね。少ないパターンで思い出せるようにします」

と伝えました。

 

仕事がフルマックスでできていた自分の頃との環境も今とは違う上、一旦本当に0になって、休んだことで、

ある意味、「仕事に関しては綺麗に新しい環境だ。0から積み上げて、うまくできないことがあっても0ではない」って素直に思えて、

私を待っててくれる職場と、仲間が嬉しくて仕方ない気がします。

 

私は、動けない重病人か赤ん坊なのに、健康な人と比べて自分を褒めないから行動がわからない、できない?

心

仕事にリハビリ復帰してからも、かなり困っていることがあります。

「何をしよう。」という思いが全くうかばず、時間はあって、やることがの選択肢がたとえ浮かんでいても行動に移せないのです。

 

今は、もう出かける準備から何を持っていけば良いのか、何から準備すれば良いのか、今何をすれば良いのか、思いつくのに時間がかかります。

仕事には行くのに、行く準備がうまくできないのです。

 

この調子が悪くなる前は「今やるのは絶対コレ」って迷いがなかったのです。

知らない場所に行くのにも「何かに吸い寄せられるように動けて」って怖くなかったのです。

 

たとえば「しんどいから止め」って思って、「やらない。ボッーとする」という選択肢を自分でできたならいいのに、

そこも「今。何ができるかやりたいのかが全くわからない。」

わかんないなら、「じゃあ、端からやってれば?」と考えるのが普通ですが、その選択肢もやりたくないと思うようで」

とにかく1歩が出ないのです。

 

「心の声が上手く聞こえない」

 

今週、潜在意識のことの勉強会に参加しようと思うのですが、その方にちらっと聞いたときに、この「肉体的にはつらくなく動けるようになってきているのに、行動ができない。わからない。動けない。」というのは、

ちょっとずつ良くなっている自分を認められず、「今日もあれできなかった」「家族にやらせてしまった」と常に「ない」ものに目を向けて、常に「自分を責めるくせ」と「自分を褒められない」せいで、

 

「心が(顕在意識がと潜在意識の差が)どんどん遠くなっていき、今に至っているのではないかということでした。

本当は「外に出た」とか「食べたいと思うものが浮かんだ」等、ものすごく小さなことも喜んで「あれもできた」「これもできた」とできた!を褒めなきゃいけないのに。

 

ちょっとここからは、今勝手に思い浮かんでいる、私できたやん!を書いてみようと思います。

 

「友達に会えたやん。外に出て行けたやん。すごいやん」

「着替えも1時間以上かかっていたのが今日は30分でできたならそれですごいやん」

「一時期コップに水汲んで飲むのも嫌だと手が動かなくて、できなかったのに、今はコーヒーを「自分で飲みたいと思って入れられるようになったやん。」

「ご飯の味がして、美味しく食べられたのならそれでいいやん」

「家事なんか、今 できること求められていないやん。できなくてそれでいいやん」

「フルート発表会、出ようとしてるやん。その練習ちゃんとしてるやん」

「全く文章が一文字も浮かばず、ブログ数ヶ月書けなかったのに、今こうして何か書こうとしてるやん」

「スーパー銭湯まで行きたいと思って、行ってるやん。」

準備は全くうまくできないかもしれないけど、「仕事に行きたいと思って行ってるやん。」

「誰かと一緒に過ごして、全く感情もわからなかったのに、今は楽しい!がわかるやん」

「正月、駅にさえ行くの困難やったのに、慣れた電車なら不安でパニックになったりすることは、なくなったやん」

「何回も行っているめちゃくちゃ慣れた場所なら、ひとりで行って帰れるようになったやん」

「会う人、会う人に、「前より元気そうに見えるよ。表情が明るくなった」っていわれてるやん」

「夜中に「怖い~」と目覚めなくなったやん」

 

これらは恐怖でトイレ以外行けなく、動けなくなった日から比べると、「ものすごい進歩」なのですが、たぶんどこかで

「これぐらい当たり前」って思い込んでいるのかも。

 

私は「心が大けがして、動けなくなっている人、何もできない赤ん坊」ぐらいになったのに「健康な大人」とずっと比べて「当たり前やん」って。

 

何もできない赤ん坊って、立てただけですごいのに、そういう風に、「私できた。すごい」って思えず自分をできるのが当たり前と思い込んできた。

やっとこれぐらいできたかって・・・

 

そりゃ、これが自分の子どもに言っているんだとしたら、すねるよね。悲しいよね。

そりゃ褒めないと、心すねて、何にも教えてくれなくてフリーズして当たり前か。。。

 

よく考えたら、私は常に何かと比べ、「ある」ではなく「ない」と思いこんで生きてきたかも

コップの水

コップに水が入っているという事実があります。

「半分だけしかない」と思うか「半分もある」と思うか、事実はひとつなのに、ものすごく、私の捉え方は「ない」にシフトしすぎているかもしれません。

 

障害がありながら、社会で上手く生きるために、私は44年間、ずっと「私は足りないんだから、他の人より頑張らないといけない。そうやることが普通」と思い込んで、

周りからもそう言われて、

何かできるようになった自分を褒めるより常に「いや、まだまだ足りない」って思って生きてきました。

 

よく考えたら、上にはキリがないんですよね。それこそ泥沼。

 

 

年齢重ねて、単純に身体が動かなくなってきて、骨折もしているのに、これ以上上が無理って言っていたのはもう2年くらい前からなのに、

いや、なんのこれしきって、ずっとずっとムチ打ってきた自分。

これからは「なくなるもの」の方が多いのに、その「なくなったものの、代替えを常に足そう」としてきました。

 

頑張りすぎが「うつの原因」って一般的に言われているけど、私の場合

「自分を褒めてない。あんたはもっとできる。やれやれ」って言い続けてきたせいで、

今持っている「あるもの」に全く目を向けなかった。

今あるものに「ありがとう」を言ってこなかった。

 

心が壊れたのって

「ある」に目を向けず、自分も褒めず、「ない」に目を向け過ぎてたせいじゃないか?

今持っていること、今生きていること。だけで十分、そう思ったことはなかったかもしれません。

 

全く笑えなくなった自分が、スーパー銭湯で毎日会う名前も知らないおばちゃんに、

「表情が明るくなった。良いことあった?前より元気そう」って言われるって、

それ、めちゃくちゃすごくないか?

 

仕事だけが迷いなく行けて、家事も休みの日の行動も決めて動けない、やりたいことが浮かばないというのは

仕事では「私できたやん!めちゃ嬉しい。」って褒めてるのに、仕事以外では褒めてないからかも。

仕事は「できない」基準でなく、「できた。つまり(ある基準)」で数時間過ごしているから心の声が聞こえて心地よいのかも。

 

 

「ある」を見る練習と小さなことでも「自分を褒める」練習。

難しいけど、頑張ります。

これができるようになったら、私、ない妄想の大きいモノ追いかけるの止めて等身大の私で生きられるようになるかなあ。

 

これも、この病気になってわかった自分の思い込みと欠点だね。

ありがとうございます。

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