決してあきらめない障害者の作り方

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出生時、「3,4日の命」と言われた私がすでに40代。
「人生あきらめなければ何でもできる」を
全ての人々に証明したい。
そんな私の生命エネルギーが燃焼する瞬間を語ります。

障害と私

街で障害者に会ったら、健常者はどう接する?また理想のヘルパーさんとは?

2017年4月30日

奉子です。みなさんはNHKのEテレで毎週日曜日放送されている「~みんなのためのバリアフリーバラエティ~「バリバラ」をご覧になったことはありますか?

私はまだ毎週予約で見始めて1年~2年というところですが、自分の知らない病気や障害がこんなにあるんだということを知るのには、良い番組です。

 

ちょっと放送されて日が経ちますが、少し前にバリバラ内ではなく、NHKの総合放送でやってた特別番組が面白かったので、その話を書こうと思います。

2016年12月21日放送NHK ココがズレてる健常者~障害者100人がモノ申すより

車いすマーク

この番組はスタジオに色々な障害を持つ方が100人集まり、「健常者のこういう接し方が嫌だ。こうしてほしい」ということを伝えるために、代表の健常者5名(お笑い芸人が多かったですが)を集めました。

 

そしてその5人の中で、クイズ形式で「健常者が考える接し方と障害者がやってほしい接し方の差が大きい人を「最もズレている健常者」として認定しようという番組でした。

 

私は、自分自身も障害者でありながら、人にやってはいけないこともやっているかもしれないので、楽しみにして見てみました。

番組内クイズ。街で障害者を見かけたらどう接するか?

子供たち

その中でのクイズになっていたもので、紹介したいと思います。

Q(肢体不自由で体が曲がっている)車イスの男性を見て息子が聞いてきた。

「なぜ車イスなの?なせ体が曲がっているの?」

あなたは何と答える?

これ、車椅子の男性と距離が近く、子どもと親の会話は、その男性に全て聞こえるという前提です。

 

これで、一番アウトとされた答えは

 

平成ノブシコブシ徳井さんの答え

「子どもに声がデカい、と言った上で、街でそういう人を見かけて、困っていたら助けてあげたら良いし、困っていなかったら助けてあげたらいい」

と最初、「はぁーっ?」て思う答えを言ったのですが、その後で、それが近くで聞こえているという前提だ聞いたら

 

「曲がっている人もいるでしょ」でした。

 

さらに最も障害者の皆さんに最も共感を得たのが

 

千原ジュニアさんの答え

「なんで身体が曲がっているのか僕もわからないから、自分で聞いてみて」でした。

 

さらに小島よしおさんの答え

「(相手にその会話が聞こえているなら)車椅子の男性と一緒に話す」というのも支持者が多かったです。

 

実は、脳性麻痺で足に障害があり、歩き方に特徴があり「健常者と明らかに違い目立つ私」は、↑のような体験を何度も何度もしております。

私の歩き方が内股で歩くので特徴的過ぎて、子どもが「他の人と違うから面白い」と思うのでしょう、

 

「歩き方の真似をする」「"あの人変な歩き方"」とはっきりいうのは、年に何度かあるいつものことです。

大人になった今は慣れ過ぎて、さほど気にならなくなりましたが、子どもの時はかなりダメージがありました。

 

私を見て、↑と同じように子どもが親に「あのお姉ちゃん、なんであんな歩き方なん?」と聞いている姿は何度も見かけます。

一番、腹の立つ答えは

「見ちゃいけません。」

「ちゃんと良い子にしてなかったらあんな風になる」

「あの人は可哀想な人やから黙っときなさい」 の3つが、まず思い浮かぶかもしれません。

 

これが嫌な理由わかりますよね?

人間扱いされていないように感じるからです。

 

見た目が人と違うことはわかっていますから、見られることも、慣れています。

単に違いがわかりやすく外に出ている、だけです。

私もただの人間です

それより子どもの「なぜ?」を解消しないと視野の狭い大人ができあがるかも

子どもは素直なので、自分の見たことのないものに興味を持ち、「不思議だなあ、何でだろう」って素直に疑問を持ち、それを聞いているだけなのです。

 

↑の質問で行くと、最初のNGとされた徳井さんの答えは、「何で?」と聞いた質問の答えにもなっておりません。

そもそも、わからないならわからないと言ってもらわないと、子どもは疑問を持ったまま解消しないです。

 

そのため、意外に思われるかも知れませんが「子どもが直接私に「ねえお姉ちゃんは、なんでそんな歩き方なん?」とストレートに聞かれることは嫌ではないのです。

子どもは、他の人と違うからそれを知りたいから聞いているだけです。

 

その答えとして私は

「私は生まれたときから病気でこうなってからみんなと同じようには上手く歩けない。でも足が痛いわけでもなんでもないんだよ」と答えるだけです。

 

私が過去にされて嫌だった「大人が子どもに適当に答えた3つの答え」は、

「障害者と健常者は違う特殊なもの。関わりたくない。めんどくさい」という、視野の狭いタイプの大人だと考えます。

 

中には親を反面教師にして育つ子どももなくはないですが、子どもは親を見て育ち、親の考え方が正しいと思う場合が多いです。

もちろん、親が以外の出会った人々の言葉や影響も受けるので、一概にはいえません。

 

しかし、小さいときの疑問を解消できず、親の考えた方に違和感なく、それが正しいと思って育った結果、同じようなタイプの大人ができあがってしまう可能性が高いです。

 

そうするとその子どもが大人になって、同じように子どもに聞かれたとき、やっぱりそのような悲しい答えをするような気がします。

 

これは私の個人的な思いかもしれませんが、こういう視野の狭いタイプの人たちは、

もし自分が事故や病気等で障害者になってしまった場合、周りの気持ちも考えられない権利ばかりを主張する障害者に変身するような気がします。

障害者でも同じ人間です。宇宙人ではありません。

千原ジュニアさんの答えが最も共感を得たのは

「人間には色々なタイプがいるというので、自分にもわからない」という事を子どもにきちんと伝えた上で、

「自分で聞いてこい」ということは、「同じ人間の中には障害がある人も世の中にいる」という知識の引き出しを、きちんと子どもに自然とつけさせていることかなと思います。

 

つまり、自分とは違うから関わらないではなく、同じように関わりをもって社会の一員として見ているか、見ていないかの違いかなと思います。

 

人間誰しも個性があり、みんな長所や短所があります。

気をつけたら直る短所もありますが、障害者手帳に記載されている「いわゆる障害」は、「一生直せない、どうしようもない、短所でもあり長所でもある」と思います。

まあ「障害=個性」という人もいますが、私はそのせいで、他の人に理解していただき、ヘルプを必要とする場合もあるので、あえて短所ということにします。

 

私は自分で言うのもなんですが、本当に友達は多い方です。

障害があっても友達が多い理由を自分では、「どうしても直せない短所的な部分はヘルプがいるので、そこをわかった上で、自分が他の人よりちょっと得意な部分でそのヘルプのお返しをしている」からだと、なんとなく思っています。

手に障害のあるウエイトレスがやってきた。どういう態度で接する?

同じ番組内で、

「先天性で手の指が最初から欠損している障害者ウエイトレスがやってきた。その人をみてどういう態度で接するか?」

というのもビデオで撮ってドッキリカメラのようにしているシーンもありました。

 

設定は「ドッキリの本人、およびそれがドッキリだと知っているTV局の人、の合計客2人という設定。

ウエイトレスが水を持ってきた後に、TV局の人が「今の人見ました?」と声をかけるのです。

 

一番NGとされたのが

「あの人、指ないけど・・」とウエイトレスが後ろに行った隙にコソコソ言った上で、後で注文の飲み物を持ってきたウエイトレスのお盆から、お客さんが勝手に飲み物を取る。

 

逆に一番OKとされたのが

指の障害のことは一切触れず、「ネイルかわいかったですね。」とウエイトレスが後ろに行ったときに言った上で、注文の飲み物を持ってきたときに、飲み物には自分で手を出さず、揺れているお盆だけちょっと支えてみる。

でした。

 

この違いは何なのでしょうか?

 

答えとしては

 

障害者でも、できることは自分でやります。

ウエイトレスをやっているという時点で、物をを運んでお出しすることはできるのだから、そこが仕事なのに取らないでほしい。

そこは尊重した上で、揺れているお盆を支えるというちょっとしたフォローはとてもありがたい。

ということでした。

 

ここもよく誤解を生むところですが、障害者だからといって、全てに手を貸さないといけないわけではないです。

 

これは私の個人的な意見かもしれませんが、できるところは自分でやるので、ヘルプがほしいときは声をかけるので、ほっておいてほしい。

その代わり、時間がかかるときもあるので、時間の制限があるときはお手伝いをお願いするかもしれません。

という感じです。

 

2017年2月26日放送Eテレ「バリバラ」より

HEIP

上記でお話しした「2016年12月21日放送NHK ココがズレてる健常者~障害者100人がモノ申すより」で他の項目も含めて、「最もズレている健常者(MZK)に選ばれてしまった、平成ノブシコブシの徳井さんが、MZK解消のために、1日ヘルパー体験をするという番組が、今度は「バリバラ」の中でありました。

 

私は自分でほぼ何でもできてしまうため、ヘルパーさんは使っていません。

しかし、私がもし誰かのヘルプをするときのことを思うと、自分もNGなことをやってしまう可能性があるかもなあと思い、とても勉強になりました。

 

番組内では平成ノブシコブシの徳井さんが、ヘルパー派遣の事業所に呼ばれ、研修を受けるところから始まりました。

そこで事業所の所長さんから「ヘルパーの心得」として紹介されたのがこちら

ヘルパーへの道

ひとりひとりに興味を抱き理解する心を持つべし

どんなときもゆとりと対話を心がけるべし

何事も本人の決定と選択を尊重すべし

 

これがどういうことか、わかっているかどうかをはかる質問がこちら。

これは視覚障害者の方。目の見えない全盲の方からの問題でした。

問題 買い物に行ったときにヘルパーにしてほしくないこと

①階段で残りがあと何段か伝える

②食品売り場でおいしそうな食材を選んで教える

③店に行く途中、その日の天気や景色について伝える

さて、皆さんはこの質問、何番が一番してほしくないことと思いますか?

私は一応正解しましたが、一般的に間違える方多いです。

答えは

 

 

②食品売り場でおいしそうな食材を選んで教える

でした。

 

なせなのでしょうか?

これは先に出てきた「ヘルパーの心得」の「何事も本人の決定と選択を尊重すべし」 

にあたります。

 

簡単に言うと「おいしそうな」と思うのは目が見えているヘルパーさんの主観であって、買い物をしたい全盲の方の気持ちではないからということです。

目が見えていないので、「何があります」という情報はできるだけたくさん仕入れることは重要です。

しかし、何を作るか、何が食べたいかかあくまで「本人さんが決めることでって、ヘルパーさんが決めることではない」ということです。

 

これとよく似た話があります。

障害のある人とヘルパーさんが一緒に電車に乗るとします。

よく駅員さんが「どこまでですか?」と聞くので、ヘルパーさんが「○○駅までです」と答えるケース。

 

言語や話すことに関して全く障害がなく、自分で意思をはっきり伝えられるタイプの人にとっては

「ヘルパーさんでなく、自分に聞いてほしい」と思う方も多いです。

 

つまりその場所に行くのは障害者本人であって、ヘルパーさんはあくまでもヘルパーさんだからです。

この番組内では、その場合は、ヘルパーさんは「ご本人さんに聞いてくださいと駅員さんにいう」というのが良いとされていました。

 

ただこれは、その障害者本人が「話すこと自体が障害でつらいとか、伝わらないからヘルプしてほしいという時は別だとは思います。

でも、どちらにしても「その障害者本人のヘルプしてほしい場所だけヘルプして、決定できる部分は本人に」ってことなんだろうなあと思います。

 

最後に。障害者でも自分の障害以外の他の障害の立場はわからないこともある。

障害者手帳

私自身は障害者ではありますが、自分の知らない病気や障害は世の中にたくさんあります。

そういう人と出会ったときは、やっぱり何をしてほしいのか、してほしくないのかはわかりません。

 

私は車椅子の友人とよく一緒に出かけるので、車椅子がエレベーターで「一番先に乗って、一番後に降りるのが良い」ということは知っています。

しかし、車椅子と関わりのない人はそれももちろんわかりません。

 

これって、健常者だから、障害者だからではなくて、「結局、お互いのことはきちんと関わって自分から伝えないと、誰にもわからないということ」かなと思います。

この番組自体は「ココがズレてる健常者~障害者100人がモノ申す」でしたが、私が感じた答えはこうです。

 

社会全員に共通して、「言わなくてもわかる。自分はこうだ。それぐらいわかってくれ」ではなく

「自分のことはわかっていない」前提で、全員が、

同じ人間と思い、皆が心を開き、自分だけの考えでなく、他の方のことも思いながら、きちんとコミュニケーションとって伝え合う

 

ということなのではないでしょうか?

以上、これが本当の思いやりかもと思った奉子でした。

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