決してあきらめない障害者の作り方

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出生時、「3,4日の命」と言われた私がすでに40代。
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障害と私

初詣ベビーカー騒動について、障害者の私が思うこと

投稿日:2017年1月7日 更新日:

駅の人混み

奉子です。今日何気なくFacebookを見ていたところ下記のような記事が上がっておりました。

初詣ベビーカー騒動

これを見て、私が思ったことを書きたいと思います。

自己主張ばかりしていませんか?今の社会

まあこの看板だけみたら、「赤ちゃん連れた母親はこれを見たら嫌な気持ちになる」とか「じゃあ車いすの人もダメってことなのか?」差別だ。とか「この社会は子どもを産めば生きづらくなる社会だ」とか少子化問題まで発展したという話なんですが・・・

私はこう思います。

確かにこの書き方は誤解を招くし、良くないとは思う。ではこれを書いた寺の真意はどうなのかってこと。

私が思うに「人が多いし、多くの人に小さい子が押されて危ないから、万が一事故が起きたときに責任持てない」ってだけのことだと。

 

最近は世の中のみんなが自分の権利ばかりを主張して、何かが起きたら自分のせいではなく他人のせいにしている事が多い気がするのです。

自分の立場でしかものが見られない。他人の立場になって考えてみない。そんな人が増えた気がします。

私は自分に降りかかる良いことも悪いことも全て自己責任だと感じて、たとえ外出時に誰かに押されて転んで骨折をしたとしても、それを自分の学びだとして考えます。訴えたりはしません。

ライブ会場

自分で自分の身を守れる自信ありますか?

私も高校1年の時に元旦明けてすぐのときに、終夜運転の電車に乗り、あの伏見稲荷大社に友達と3人で行ったことがあるのです。

高校1年といえば私がかなり体力のあった方でした。それでもあの大混雑。

進もうにも後ろから押されて転びそうになったことは覚えています。

私は動けると自信があったあの頃でも怖いと感じました。

車いすだろうとベビーカーだろうと行くのは自由だと思います。そこをストップかけるのは差別という意見は多いと思います。

しかし、あなたはその大混雑の場所で、自分で自分の身、赤ちゃんの安全を守り切れる自信はありますか?

 

基本、花火大会や初詣、大きなライブ会場は人が押し寄せます。

行った人は全員早く行きたいし、早く帰りたいんです。

それはどんな立場の人も一緒です。

人が多い場所は誰でもストレスがたまるので、周りを見る余裕はありません。

最近は歩きスマホが増えたせいで、以前よりまずますみんな周りを見なくなった気がします。

 

私は普段から車いすの友人とよく一緒に出かけます。

私たちが出かけるときに一番に考えるのは「多少時間がかかっても、一番安全で、人の手をできるだけ煩わせない自己責任が持てるルート」です。

杖を持つ。これも自分の身を守る手段。

私は以前は大丈夫だった、「横からの風圧」にこの半年でめっきり弱くなり、多くの人とすれ違う距離が近いとふらついて転ぶ確率が格段に上がりました。

しかし、私のことを知らない人達にはそんな私の事情は知りません。

いきなりすっころぶので、みんなびっくりします。嫌な顔をされた事なんて数えきれません。

しかし私が逆の立場だったら、同じように思うと思うんです。

「なんやこいつ。びっくりするわ」ってね。

 

いくら転び慣れている私でもやっぱり擦り傷を作り続けるのは嫌です。

そこに杖を持ったらどうかという提案がありました。

 

今まで何も無しに歩いていたのに、わざわざ杖を持つのはやはり抵抗がありました。

実際に持ってみると、持っていなかったときより、ぶつかりそうになる確率は減りました。

しかし残念ながら0ではありません。それだけ世の中、周りを見ていないのです。

ほんのちょっとだけ、スマホでなく周りを見て歩こう

せっかく楽しい場所に行って、怪我をして帰るのは楽しい思い出が台無しになります。

自分じゃなくても、周りの小さい子が押されて怪我したら悲しい気持ちになりますよね?

本当は全員が「あ、あそこに車いすの人がいるな」「あそこにベビーカーがいるな」ってちょっと思うだけで、なんとなくぶつからないように気をつけたりできる。

そのほんの小さいな気持ちをみんなが持つだけで事故は起こらないはずです。

全員がハッピーになる方法。持ちつ持たれつ。ただそれだけなのです。

時々、満員電車に車いすで「どけどけ障害者様が通るぞ」ぐらいの勢いでやってくる非常に迷惑な人がいます。

障害者は特権ではありません。弱者であるかもしれませんが、世の中のルールを守らなくて良いわけではないのです。

ただですら電車で席を譲っていただいたり、障害者割引があったり、誰かに優しくされることは多いです。

でもそれが当たり前ではないのです。

もらった優しさは誰かの犠牲の上にあることを忘れず、感謝し、そして何かの形で自分が社会に恩返し出来る方法を考える。

誰かがその辺に捨てた空き缶を拾って、きちんと所定のごみ箱に捨てる。それだけでもいいんじゃないかなと私は思います。

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